FIRE後に待つのは「自由」か、それとも「むき出しの退屈」か
「会社を辞めたい」といつも思っています。
体力的な限界も感じるし、ストレスに身を削られる人生は嫌だとも思います。
「あとこれだけ貯めれば辞められる」と何回も資産を検算する日々。
同時に「辞めたあと自分はどうなるんだろう」という不安がぬぐえません。
「やりたいことがない、退屈をやり過ごす自信がない自分」という、見たくない現実。
この現実を乗り越える方法を知りたくて、國分功一郎氏の『暇と退屈の倫理学』を読みました。
人類は「定住したくてしたわけじゃない」
本書を読んでまず突きつけられたのは、人類の歴史の「不都合な真実」です。
歴史の授業では、「人類は農耕を発明し、定住を選んだ」と教えられました。
本書によると、実際は全く違います。
氷河期が終わり、環境が激変した結果、私たちの祖先は「生き延びるために定住生活に切り替えざるを得なかった」のです。
生きることに忙しい、エキサイティングな狩猟生活を強制終了させられ、土地にしがみつくしかなくなり、そしてこの定住生活から、文明が発祥しました。
命の危険が減り、食料が備蓄され、生活が安定した結果、人類は最大のバグである「退屈」と戦う運命を背負うことになったのです。
退屈は決して悪いことではありません。
ただ、人間が「耐えられない」だけです。
資本主義が用意した「労働と消費のパッケージ」
人類が抱え込んでしまった「退屈」を処理するために出来上がったのが、現代の資本主義社会です。
現代社会は、私たちに実によくできた「労働と消費のパッケージ」を提示します。
平日は資本家に管理されてロボットのように働き(労働)、そのストレスと引き換えに得たお金で、週末に旅行や外食、ショッピング、SNSや動画配信を楽しむ(消費)。
読書やゲームに没頭したりする時間は、文句なしに最高です。
他人が作った上質なコンテンツを消費して感じる幸せは、人生を豊かにするために欠かせません。
資本主義の多くの人間は、私も含めて、この「労働と消費のパッケージ」の中で生きています。
働いて、消費して、退屈を紛らわせる。
このループの中にいる限り、私たちは「退屈」と直接対峙せずに済むからです。
労働」を抜いた消費は、本当に楽しいか?
SNSを見ていると、「4%ルールをクリアしたからFIREします」という人たちを見かけます。
ファイナンシャルプランナー(FP)の視点で見れば、その緻密な資金計画は文句なしに素晴らしいし、リタイアの絶対条件です。
でも、この「労働と消費のパッケージ」から抜け出して時間が無限にできたあと、毎日24時間365日、これまで通りの「消費(気晴らし)」だけで何十年もの時間を埋め尽くすことは、本当に可能なのでしょうか。
労働者の消費が格別に楽しいのは、平日に「嫌な労働」という強烈な対比があるからです。
パッケージから「労働」だけを抜き取ってしまったら、大好きなはずのエンタメにすら「飽き」がきて、他人の作った世界の上をただ滑り落ちているだけのような、贅沢な虚しさに襲われるのではないでしょうか。
娯楽を消費する以外の「技術」はある
ここで、作家の中島らも氏が『今夜、すべてのバーで』の中で遺した名言を思い出します。
「教養とは学歴のことではなく、『一人で時間をつぶせる技術』のことである」
パッケージから抜け出したいと願いながら、他人がお膳立てしてくれた娯楽を消費する以外に、「一人で時間をつぶせる技術」を私は持っているのか。
「やりたいことがない自分」という現実
正直に言います。
この本を読み、資本主義の構造を見つめ直したとき、私は自分の見たくない現実を突きつけられてしまいました。
じゃあ「労働」という暇つぶしから降りたあと、一体何がしたいのか?
そう問われたとき、明確な答えが返せません。
「これといってやりたいことがない、退屈をやり過ごす自信のない自分」という現実がぽつんと取り残されていました。
私もまた、資本主義のパッケージに飼い慣らされた一人の人間に過ぎなかったのです。
おわりに:自分だけの「時間のつぶし方」を見つける
結局のところ、現代人が「退屈」から逃れるための絶対的な正解なんて、どこにもないのだと思います。
ある人にとっては、他人に管理される「労働と消費のループ」の中にいることが一番安全で心地よく、またある人にとっては、労働をすっぱり辞めて大好きな「消費(趣味)」に没頭することかもしれないし、あるいは「何もやらないこと」をただ愛せる天性の才能を持っている人だっています。
どれが正解で、どれが間違っているなんてことは、1ミリもありません。
人間はそれぞれ、自分の気質(OS)に合ったやり方で、人生という途方もない暇つぶしと折り合いをつけているだけなのだと思います。
そして、私が悩みに悩んだ末に、私自身のOSと向き合って導き出した今のところの答えは、
「資本主義社会のインフラに都合よく乗っかった、令和の狩猟生活(ブログでの小銭稼ぎ、※マックバイトノマド生活)を送りながら、日々、一人で時間を潰す技術を磨くこと」
※マックバイトノマド生活についてはこちらの記事をご覧ください
【50代セミリタイア研究】週3マックで“働く場所を持ち運ぶ”戦術
【社保ハック】週3マックは「バイト」じゃない、最強の「民間保険」への加入手続き
今から山や海でイノシシや魚を獲って暮らすガチの狩猟生活をするガッツは私にはありません。
だからこそ、マクドナルドやネット、メルカリといった現代のシステムを、こちらの知的な暇つぶしの「道具」として、したたかに使い倒してやればいいと思っています。
そして、2〜3年単位で地方都市を移り住むという「移動」をブレンドすることで、脳の退屈バグを先回りしてハックするのです。
誰かに与えられたパッケージを生きるのではない。 自分の頭で「仮説」を立て、自分の手で「実験」し、その結果を「検証」する日々。
会社という檻を出たあとに待っているのは、キラキラした夢の楽園とは思っていません。
けれど、自分の意志で、自分の人生の時間をどう潰すかを企み、実行していく。
その結果、野垂れ死ぬことになったらそれはそれでいいじゃあありませんか。
📘「暇と退屈の倫理学」國分功一郎著
資本主義の檻から抜け出したいと願いながら、私たちは本当に「一人で時間をつぶせる技術」を持っているのか。その答えと、人類が抱える「退屈」の正体を、驚くほど明快に解き明かしてくれるのがこの一冊です。
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📙「今夜、すべてのバーで」中島らも著
『暇と退屈の倫理学』が退屈の正体を冷徹に解き明かす「カルテ」だとしたら、本作は退屈と戦い、破れ、それでも生きていく人間の生々しい「血の通ったバイブル」です。リタイア後の孤独や時間の重さに震えそうになったとき、この本が最高の相棒になってくれます。

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