80年代の青春恋愛映画の金字塔、『プリティ・イン・ピンク』。
「あぁ、ピンクが好きなオシャレな女の子の話ね」で片付けられがちですが、観終わった後に残るあの独特の爽快感の正体は、本当に「恋愛の成就」なのでしょうか。
もちろん、恋愛映画としても楽しめます。でも、この映画の本当の魅力はそこではありません。 これは、主人公アンディという一人の人間の凄まじい「芯」が、周囲のぬるい価値観をバッキバキに揺るがしていく、極上の人間ドラマです。
アンディは「強い人」ではない。
アンディは決して「無敵のヒロイン」ではありません。
母親は蒸発、父親は失業中、家は貧しく、学校ではあからさまにカースト上位の金持ちに見下されています。当然、彼女には劣等感だってあります。お金持ちの彼氏ブレインとの初デートで、彼の仲間のパーティーに渋々ついていったものの居心地の悪さを隠せないし、「送っていくよ」と言うブレインに「家を見られたくない」と泣きそうな顔をします。
しかし、彼女は「劣等感に、自分の価値を決めさせない」のです。傷つく自分をまるごと受け入れた上で、絶対に自分を偽りません。
「なあなあ」にしない潔さという、最大の武器
アンディの生き方は、とにかく全方位に対して徹底的に「誠実」です。言い換えれば、絶対に物事を「なあなあ」にしません。
- 父親に対して: 妻の蒸発を受け入れられず、逃避している背中に向かって「私もママを愛している。でもママの愛は不毛。現実を受け入れて。」と言い放ちます。
- 恋人のブレインに対して: 金持ちコミュニティの目を気にして日和り始めた彼に、「私と付き合うのが恥ずかしいんでしょう?」と、一番痛い本音をど真ん中にストレートで叩き込みます。
冷たい?いや、逆です。 彼女は人間関係を壊したいわけではありません。ただ、「嘘の上にしがみつくような関係なら、いっそ無い方がマシ」だと知っているのです。この潔さがアンディの圧倒的な魅力なのです。
なぜ周囲の人間は、アンディを放っておけないのか?
学校の金持ちグループは、何かとアンディに嫌がらせを仕掛けます。特にボンボンのステフたちの執着は度を越しています。なぜそこまでアンディを目の敵にするのでしょうか。
本当にどうでもいい相手なら、無関心で終わるはずです。わざわざエネルギーを使って突っかかるのは、それだけ彼女が無視できない存在だからです。
意地悪に屈することなく、どこまでも自分に忠実なアンディがそこにいるだけで、周囲の人間は「お前はどうなんだ?」と鏡を突きつけられている気分になります。彼女の存在そのものが、彼らのペラペラな価値観を内側から揺るがしてしまうのです。
ブレインは、アンディに惹かれながらも、自分が所属するコミュニティと世間体を捨てきれず、自分の弱さと向き合うことになります。
ステフは、金や地位、外見だけではアンディの心を一ミリも動かせず、自分の薄っぺらさを突きつけられます。
周囲の人間がアンディに揺さぶられていく、そして、気づけば自分も揺さぶられる。最高のエンタメです。
人は一人で強くなるのではない
アンディはなぜここまで自分というものをしっかり持つことができるのか。
彼女の周りには、損得勘定抜きで、彼女の存在を丸ごと肯定してくれるセーフティネットがあるからだと思います。 ダメ親父だけど愛してくれる父親。 職場の相棒であり、人生の先輩であるイオナ。 そして、うっとうしいけれど絶対に味方でいてくれる親友のダッキー。
「ここに戻ってくれば、自分は自分でいられる」という絶対的な聖域があるからこそ、彼女は一歩外に出たときに、牙を剥く世界に対して自分を貫くことができます。 人間、一人でガチガチに強くなる必要なんてありません。自分を信じてくれる誰かがいるから、自分に対して誠実でいられるのです。
モリー・リングウォルドじゃなくては成立しない
この映画は主人公・アンディ役がモリー・リングウォルドでなくては成立しなかったと思います。
彼女は、「パーフェクトな美人」ではありません。だからこそ、目が離せないのです。アンディは貧しさへの劣等感に傷つき、迷いもします。それでも、自分だけは裏切らない。その芯の強さが、モリーのふとした視線や、キュッと結んだ口元から自然と伝わってくるのです。
プリティ・イン・ピンクの見どころの一つは、アンディの奇抜な古着のリメイクファッションですが、モリーは完璧に着こなしており、「私の価値観を着て生きている」と思わせる説得力があります。
観終わったあとに残る、あの爽快感の正体
「私は、自分に誠実に生きているだろうか?」
『プリティ・イン・ピンク』を観終えたとき、胸の奥がすっと軽くなるような、妙に背筋が伸びるような爽快感が残ります。
それは、「最後に誰と結ばれたか」なんて安い理由ではありません。 周囲の圧力に晒されながらも、彼女が最後の瞬間まで「自分自身」であり続けたから。ただそれだけです。
恋愛映画の棚に埋もれさせておくには、あまりにももったいない。これは、自分を裏切らずに生きることの尊さを描いた映画なのです。
ここまで読んで少しでも気になった方は、ぜひ実際に観てみてください。文章では伝えきれないアンディの表情や、モリー・リングウォルドの繊細な演技は、映像でこそ心に響きます。

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