2年後に早期退職すると心に決め、資産形成に励んでいます。
「FIREするには資産がいくら必要か」
その現実的な問題に向き合う中で、私はまずこう考えました。
生活費はいくらで、利回りは何%で、何年で達成できるのか。
検索すれば情報やツールはいくらでも出てきます。
けれど 「一体どんな暮らしがしたいのか?」を考える中で、計算が止まってしまいました。
かつての私は、こう思っていました。
「大好きなロイズのチョコレートを、好きなだけ買える生活がしたい」
チョコレート、本、映画、旅行。
好きなものを我慢しないことがが自由であり、そのためにお金が必要なのだと。
しかし、支出のひとつひとつに対して「これは本当に必要か?」と冷徹に仕分けし、
無駄を「損」として切り捨てていくうちに、あるバグが起きました。
「……別に、なくても死なないな」
支出を削れば削るほど、リタイアのハードルは下がります。
それはファイナンシャルプランナーとしては正しい戦略です。
でも、その最適化の果てにあったのは、解放感ではなく「好奇心の死」でした。
「それ、やって何になるの?」という呪い
いつの間にか、あらゆる関心事に対して
「それをやって、一体何になるんだ?」と思うようになりました。
仕事を辞めてどんな生活をしたいのか、深掘りしていったはずなのに、
気づけば自分の手で、ワクワクする心を片っ端から「損切り」していたのです。
何にお金を使えばいいのか。
自分にとって必要な消費とは何なのか。
今の私にはよく分かりません。
一言で言うと、虚無です。
皮肉なことに、仕事のストレスですら「心が動かされる分、マシだ」と感じることがあります。
事のおかげで余計なことを考えずに済み、今の自分が保たれている面すらある。
そう考えると、何のために仕事を辞めたいのか、迷子になっていると言っていいでしょう。
思考を止め、五感と直感で上書きする
計算機が導き出す「意味」や「価値」の呪縛に、正直、飽き飽きしてきました。
だから今は、もっと原始的なものに比重を置いています。
あったかいほうじ茶。ふかふかの布団。いい匂いのルームフレグランス。ピカピカのシンク。
五感を快適にすることは少なくとも「悪くない状態」ではあるはずです。
それから直感に従うこと。
買い物や通勤で直感に従って道を選んでいます。
とにかく、計算や最適解を考えることから今は遠ざかってみようと思っています。
そのうちまた何かにワクワクできる日が戻ってくると、思っています。
……まあ、戻ってこなかったら、その時はその時でまた考えます。

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